〜前回までのあらすじ〜
やりきれない気持ちは言葉になり
詩となりました。
この音をみんなに聞かせたい。
その男はバンドメンバーに曲を聴かせます。
その楽曲を最初、その男は
『かたわ』と名付けました。
「かたわ」と言う言葉は
今では差別用語として扱われるかもしれません。
しかし、自分の身体の何処かを
持っていかれてしまったような喪失感を
表すのにはこの言葉以外、
適切なものが浮かばなかったのでした。
しかし、適切な曲名だろうがなんだろうが
ぶっちゃけ不適切極まりない曲名。
(自分に向けての言葉なら大丈夫じゃないか?)
いざバンドメンバーに曲を送る時、
その男は少し開き直ります。
別に役所に届けるわけでもなんでもないので
もしかしたら『かたわ』と
名付けても実はなんの問題はないのかもしれないのではないか!?
『架多和』
テキトーに漢字をあててみたら
急にキラキラネームみたいになりました。
(いや、これじゃダメだ。)
自分が作った曲は子供のようにかわいいものです。
こんな毒親みたいに曲名をつけるのは
ダメ絶対。
でも、この曲を身体に障害がある人がもし聴いたら…。
やっぱり『かたわ』と言う言葉は
刺激的な言葉だけがひとり歩きして
本来のその曲自体を誰も聴いてくれないのではと
思えてきます。
でも、その男の中ではその曲はもう既に『かたわ』。
やはりこの『かたわ』と言う言葉のニュアンスは残したいと思います。
かたわ、かたわ、かたわ….、かたわら!
ノートになんとなく文字を書き殴っていると
急にアイデアが降ってきます。
『傍ら』
そば、近く、
(電子辞書より)
そばにいたかったけどいる事ができなかった。
意味的にも曲名にピタリと寄り添っています。
これでいこう!!
この曲は『かたわら』だ!
なお、その男の曲名である『かたわら』は
新聞のラテ欄に出演者の名前が入らない時に書かれる「等(ら)」では決してない。
もちろん、フォークシンガーの小室等さんがラテ欄に書いてあっても
『こむろら』などとは決して読んではいけない。
その男はそんな事を考えながら
バンドのグループLINEに曲名を『傍ら』として送るのでした。
つづく
本日もご愛読いただき誠にありがとうございました!!
さて次回の学生気分のブログ物語は…
幸福追求道2
芸術至上主義
第106回
想いは伝わるのか?
お楽しみに!!
次回更新日 2026年8月1日(土) 予定です。


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