引き続き炭酸風呂の話です。
私の家の近所のお風呂屋さんに炭酸風呂ってのがあって身体にいいなんて事を聞いたもんだから通う事になったんですよ。
なんでも炭酸ってのは血行促進作用があるとかで新陳代謝が活発になって肌荒れみたいな肌トラブルも予防してくれるって。
これは嬉しいですよね。なんせ、もうおじさんで老けてきたし金もないって言うんだから。
ただ頭までお湯に潜っちゃうと身体が浮いちゃって身体全部すっぽりは潜れないしなぁって事で
出来ればお湯の中で何処か掴まる所があれば掴んで頭から潜りたいと思って。
まぁ、そりゃあ無理もないですよね。
それで「じゃあ俺探してみるよ」って事で湯船の中を探しに行ったわけです。
そしたらあったんですよ。いい窪みが。
お風呂の角にあって周りに排水溝みたいなのもあってね。
そりゃ見つけた時は嬉しかったですよ。
これで毛穴に詰まった皮脂汚れも吸着し浮き上がらせる事ができるって。
それでタオルを湯船に入れないように風呂場の軒先みたいな所に置いてね。
これで顔のシミとかシワとかも取れて若返るんじゃないかなんて思ってもうゴキゲンですよ。
それで潜水が始まるわけです。
掛け湯をする、タオルを風呂場の軒先に置く。
息をたくさん吸ってから潜ろうかと思ったんだけど面倒なんでね。
お客さんもたくさんいたんで早く角を取らないといけないって急いで角に足を突っ込んでしっかりと窪みに掴まった。
もう今まで何度も潜ってたから結構息が続くんですよね。そのままブクブクと沈んでたんですよ。
そしたらね…
「大丈夫ですか、大丈夫ですか」
と声がする。
サウナもあるから具合が悪くなった人がいるんだなぁってそう思ったんです。
TOKIOの松岡もサウナで倒れて吉川晃司に助けられてますからね。
あー、松本まりかもサウナで倒れた事あったなぁって。
また吉川晃司が誰か具合の悪い人助けてんだなぁって思った。
「大丈夫ですか、大丈夫ですか」と言ってるんですがその時ふっとおかしいと思った。
サウナで人を助けるならサウナの方か水風呂の方角から聞こえますよね。
ところが声が一方方向から同じように自分の方へ来る。
それも脱衣所のほうから自分のいる湯船の方へ。
誰かが呼んでるんですよ。
「大丈夫ですか、大丈夫ですか」
でも自分、大丈夫ですからね。関係ないわけだ。
でも何故か知らないけど自分の方へ向かって
「大丈夫ですか、大丈夫ですか」って言ってる。
嫌だなぁ..とは思ったけど関係無いですから、やっぱり炭酸風呂が身体にいいって事で気にしなかった。
そうしたら、
「大丈夫ですか」
かなり近くで声が聞こえる。
「ん?」
「大丈夫ですか」
何気なく湯船の中で目をあけると、自分の肩にピタっと腕が引っ付いてるんです。
タオルで股関も隠さずに自分の肩をガッチリと持って、
ジーっとこっち見てるんです。
自分のほうを見ながら、そのシルエットが「大丈夫ですか?」と呼ぶ。
あー嫌だ!って思った。話しかけられてる!と思った。
冷静に考えたら話しかけられるわけがないんだ。
黙浴って書いてあるんだもん、風呂の壁に。
でも新型コロナも感染症法上の位置づけを季節性インフルエンザと同じ
『5類』に見直す事が決まっているし、そんな事は分からない。
ただ嫌だなぁ、話しかけてくるなぁ..この人!って思ったわけだ。
「大丈夫ですか?」
湯船の中で声がする。
紛れもなく湯船の中で声がする。
うわぁ嫌だ。そしたらザバーッと水を掻き分けるような音がして
「大丈夫ですか?」
声が近づいてくる。自分のすぐ傍まで。
どうやら湯船に入り込んで自分の方へやってきてるらしい。
「本当に大丈夫ですか?」
その時、分かったんです。
こいつは店員じゃないと思った。
閉館時間はまだ先。女湯でもない。
のぞきもしてないのに、突然風呂の中で「大丈夫ですか」なんて
呼びかけるような店員なんて居るわけもない。
うわぁどうしようと思った。
どうしようどうしようどうしようどうしよう..。
腕にもドンと手で掴まれた。
相手はどうも自分を上から抱き抱えるように掴んでいるようなんです。
うわぁ助けてー!南無阿弥陀仏!南無阿弥陀仏!南無阿弥陀仏!必死にお経を唱える。
風呂に潜ってるものだから気泡でぐぐぐっと顔を押される。
どうやら相手は手で肩を掴んで水面から引っ張り出そうとしているようだ。
ぐーっと顔を近づけてきている。
ちょうど耳のあたりに相手の口があって、吐息を感じる。
「意識ありますか?」
うわぁ助けてー!南無阿弥陀仏!南無阿弥陀仏!南無阿弥陀仏!必死にお経を唱える。
それでもなお顔はぐぐぐっと近づけられる。
「あのー、聞こえますか?」
うわぁ助けてー!南無阿弥陀仏!南無阿弥陀仏!南無阿弥陀仏!必死にお経を唱える。
ぐぐぐぐっと湯船から引き上げられる。
そして、タオルで前も隠さないで耳元で、
「溺れてるのかと思いましたよ」と声がした。
どういうことなんだ..
気になったんで体を起こしてよーく見た。
と、次の瞬間うぅぅと声にならない声をあげた。
それ、風呂の外からこっちをジーッと心配して見ていた親切なおじさんだったんですよ。
その後、炭酸風呂で潜る時は片手は水面から出して
意識があるんだよって事をアピールするようにしたらお親切なじさんは二度と来なくなったんです。
声をかけた理由は風呂の中で意識がなくなって溺れていると思ったからなんだそうなんですが、
親切なおじさんも不思議がっていたそうですよ。
中年のおじさんが、なんであんな炭酸風呂の中に頭まで潜っていたのか、
そこで何をしていたのかと..。
誤解されてしまった私も結局その後、意識あるアピールが過剰になり過ぎてしまって、
昔の東京証券取引所の立会場の手サインみたいに過剰に指を動かすように
なってしまってより不審がられるようになってしまったそうです。
こんなお話しを湯船の中で経験しましたよ。
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